【Voicy文字起こし】「児玉健の遊び人トーク」#37 怒りと愚痴の違い

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Voicyで配信されている児玉健さんの「児玉健の遊び人トーク」より「#37 怒りと愚痴の違い」(3月5日公開)の文字起こしです。

Text by ふじわらよしと( @FujiwaraYoshit0※加筆、修正、太字等の編集をしております。

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#37 怒りと愚痴の違い

今日は愚痴と怒り。ちょっと似てる感情なんですけど、思うことと言うかね。

怒りをパワーに

僕は基本的には怒らないんですよ。

怖いっていうイメージがあったり、怒られそうってイメージはあるかもしれないけど。あんまりキレないし、本気で怒んないかな。

キレたふりとか。ふりじゃないな。

キレてるまでいかないけど、なんじゃそれって思うことを言い方で「なんじゃじゃそら」っていうのをキレてると思われたら…ほんまにキレてるわけじゃないからね。

自分の中では当社比ですが…寛容。わりと怒らないよって感じです。

でもね、たまには怒る。怒るっていうか怒りが湧く事ってありますよね。

で、その怒りを良い方向に向けるっていうことは絶対にした方が良いと思っていて。

逆説的に言うと、怒りがないと乗り越えられない何かとか、怒りがあるからこそ行ける境地っていう、瞬間最大風速が吹く場面はあるなと思うんです。

それは完全にその怒りという感情を、どこに消化するかっていうことで、自然にできてる人の方が多いような気もしますけど。

なんかめっちゃムカついたし、怒りがあったからこそやってやんぞみたいな。

反骨精神にちょっと近いのかな。

やってやんぞみたいなところで、いつもないパワーが出せたり。

変なことを考えず、怒りというものにいい意味で捕らわれて、するっていうことは多分にあるよね。別に悪いことじゃないかな。

愚痴っても進んでない

怒りたくないし、怒るってことはちょっと嫌な気分になってるって言うことでもあるんで。

それをコントロールして自分で使うとそうなるから。

なにくそっていうのは大事よね。

瞬間最大もあれば、長い目で見てこなくそっていう気持ちをずっと持ち続けてやるっていうことは大事だったりするからね。

それは必要だと思うし、さっき俺が寛容だねって行ってたのは、昔より今の方が寛容で。

ときどき(怒ることが)あんのよね。

最近ちょっとあって、それはそれですごい自然に、それによって良いパフォーマンスが出来たっていうことはあるから。

それはそれで結果論。ああいうことがあったから力が出せた。

逆に…逆じゃないんですけど似たような感情のことで、怒ったり嫌な気持ちになっちゃうと愚痴っちゃうじゃないですか。

僕この愚痴っていうのが、たぶんですけどあんましてないと思う。

俺は愚痴る相手があんまりいないから。

ときどき言っちゃうことはあるよ。それは人間だからね。

でもね、愚痴を言う相手ってあんまりいないんよね。

愚痴って対等な相手にしか言わなかったりしません?

得意先であったり、仕事のクライアントであったり。本当にこう仲間っていうか同じ立場の境遇の人みたいな。

とかに言う可能性が高くて。俺ってあんまりそれがいなくて。

スタッフとか下とかパートナーとかいろいろいるけど、なんかそこに愚痴る気にならんという感じがするから、自分の中で消化してしまう。

愚痴にならずに成仏してしまうってことが多くて。この愚痴っていうのはあんまりよくなくて。

なんかストレス発散だとか、愚痴らなきゃやってらんないとか、愚痴るっていうのは楽しいことなんですよね。

もちろん僕も愚痴ったこといっぱいあるんで。

その楽しさってすごく分かるんですけど。いざ冷静に考えてみると、もちろんストレスを発散すること、愚痴ってる瞬間はわりと気持ちいいですね。

特にお酒とか入ってると。

実は傍から見ると…というか上から見ると前に進んでないとき。

それが怒りになって行動になることはあるんだけど。

愚痴より夢を話して仲間をつくる

怒りっていうのは自分に溜め込んで爆発させるもんだけど、愚痴ってしまうことでせっかくのその怒りエネルギーを、なぜかちょっと放出してしまいがちなんですよね。

なんか愚痴ったからええわみたいな。

それはもったいないでしょ。怒りというパワーが。

放電してるイメージなんだよね。で、結果進んでないっていう感じ。

燃料を入れたのに、たれ流してしまって前に何も進んでなかったっていう感じがするから。

あんまり良くないし最近好きじゃなくなったかな。

愚痴って何か解決するわけじゃないっていうことが多いからね。

愚痴って自分の意見が整理されて、思ったより愚痴ることじゃなかったかなと思うのは全然頭の整理でいいから、アウトプットはすごい良いことなんだけど。

それでもやっぱりアウトプットすることは、展望とか野望とか夢とかの方が、やっぱりみんなに言って、言ってるうちにこんな考えになってきたとか、言ってるうちにその夢に対する、展望に関する仲間が増えたりとかってするから。

僕は結構がんがん言ってたし言っちゃうんですよね。

そしたら、誰かがそれを聞いたりそのタイミングが来たときに、仲間になってくれるし、それが達成できたときに、また仲間になってくれる可能性が高いからね。

寛容と非常は紙一重

愚痴というのは怒りと似てるんだけど、それを放出してしまうものなんだろうなと思ってあまりおすすめできないと思うんですよ。

貯め込めって言ってるわけじゃないけどね。

前に進まないのは嫌いなんでしょうね。

その場に立ち止まって…そんな快楽って長期的に見ていい快楽じゃないからね。

それを前に進めて何かをしたとか、悪いことがあったけどいいことに繋がったときの快楽の方が100倍気持ちいっていうのわかってるからやんなくなるっていうことはあるんだろな。

愚痴ってなんだろうな。じゃあこうせいよって議論じゃないじゃないですか。

皆でその話に共感しようみたいなことが多いじゃないですか。

そんな愚痴ってんやったらお前やめろよとか、愚痴ってるなら自分でやっちゃえよとか。嫌なら自分で変えちゃえよとか。

いろんな方法論の話をする場でもなかったりしません?

そうなるときもあるけど、停滞してる感があるんだよな。

それはあんまり効率的じゃないし、プラスが少ないという気がすごいしますね。

愚痴はそうですけど怒りも好きな感情ではないので、冷静にはいつもいたいんですけど。

瞬間でカッとなるくらいは全然良いと思うんですけど。

あとガチ怒りってないからね。特にそれを人に向けるってあんまりよくないかな。

物事に対する怒りとか自分に対する怒りっていうのは好きですけど、結局人に向けたところで…俺もやっちゃうけどな。

その人は変わらなかったり、俺はなんかその怒りを爆発、人にぶつける前にとその人とおさらばしちゃうかなという感じがするから。

これは良い癖であり悪い癖であると思ってるんですけど。

怒らないで、寛容でいてっていうのもありますけど。寛容と非情っていうのは紙一重だからね。

何でも許してくれる人っていうのは、すごく冷酷な人だったりもするからね。

前に進んでいく方がいいですよって話ですね。

当たり前ですけど、そういうのが体に染み付くと楽にやっていけるよって感じを僕はしてます。

そんな感じで、今日の遊び人トークでした。

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